ダウンタウン浜田雅功 休養入り発表 松本人志との関係は?復帰はいつになる?解散になってしまうのか「体調不良」吉本公表 昨年末から不調「医師の判断により」

お笑いコンビ「ダウンタウン」浜田雅功(61)が体調不良のため休養に入ることが10日、分かった。所属する吉本興業が公式サイトを通じて発表した。期限は明らかにしていない。同コンビを巡っては相方の松本人志(61)が事実上の活動休止状態となっており、人気コンビそろって表舞台から姿を消すことになる。妻でタレントの小川菜摘(62)も「温かく見守って」とコメントした。
この日、同社は「弊社所属 ダウンタウン 浜田雅功が体調不良のため、一時休養することになりましたのでご報告申し上げます」と発表。「浜田は昨年末ごろから体の不調を覚えるようになり、医療機関を受診した結果、医師より、当面の間、静養することが望ましいとの助言を受け、3月10日(月)より休養を取らせていただくことになりました」と説明した。
ファンや関係者へ向けては「ご心配とご迷惑をおかけいたしますが、浜田の体調回復を最優先とすることへのご理解と、引き続き、ダウンタウン、浜田へのご支援を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます」と呼びかけ、メディアに対し「浜田及び家族への取材はご遠慮くださいますようお願い申し上げます」とした。
浜田は、相方・松本が24年1月8日に活動休止を発表してから、「ダウンタウンDX」をはじめとした人気番組をこれまで一人で支えてきた。
ダウンタウンは1982年にコンビ結成。NSC大阪校の1期生として入学し、87年の「4時ですよーだ」(毎日放送)の出演を機に関西でブレーク。その後、東京進出し「夢で逢えたら」(フジテレビ)や「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」(日本テレビ系)など多くの番組をヒットさせた。その影響力はお笑い界にとどまらずドラマや音楽界でも活躍。現在でも芸能界のトップを走っている。
妻の小川は「主人は何十年もの間、走り続けてきました。疲れがたまっていても、体調を整える時間がほとんどなかったので、今回、休養を取ることができるのは、私も息子達もとても安心しております」と休養に前向きで「またお茶の間に“結果発表~!”という元気な声が響く日まで、どうか温かく見守っていただけますと幸いです」と呼びかけた。
「評価爆上がり」なのは中居と比べたからじゃない…関係者の間でずっと囁かれてきた「キムタク伝説」 SMAPはどうなる?

その選考過程はNetflixにて『timelesz project-AUDITION-』として半年にわたって配信。回を重ねるごとに人気が高まっていき、8人に絞られた最終選考では、誰が新加入メンバーとして選ばれるのか、多くの番組ファンたちが固唾をのんで見守っていた。
そんな中、最終回直前の配信エピソードで、突如姿を現し、話題をさらっていった人物がいる。誰あろう、キムタクこと木村拓哉(52)だ。
「候補生はもちろん、『timelesz』のメンバーである3人もその登場に驚いていましたが、まったく偉そうに振る舞うこともなく、まず『事務所への偏見もあるなか、意識を向けてくれてありがとう』と感謝の言葉を述べました。これだけでも視聴者の心をつかんでいたのですが、その後に、3人のメンバーに伝えた言葉が素晴らしかった。
プロジェクトを支えてくれているスタッフの存在に、3人が慣れてしまっていないかと懸念し、『水は用意されて当たり前と思っちゃうともったいない』とやんわりクギを指したんです。これに世間の空気は一気に『キムタクさすが!』となりましたね」(芸能ライター)
ここ最近は、ジャニー氏の性加害問題に関するSNS上の発言が炎上し、叩かれることが多かったキムタク。しかし、同じ元SMAPメンバー・中居正広氏(52)のスキャンダルが明らかになると、その比較で評価が再び爆上がりしている。
だが、実は業界内での木村に対する評価は一貫して変わっていない。長年、芸能界の取材を続けている中で、定期的に入ってくる木村の評判は、どれも先のライターが言うように、「キムタクはさすがだった」というものばかりだったのだ。
だいぶ前になるが、あるテレビ局の元制作スタッフは次のようなエピソードを語っていた。
◆一歩仕事に向かった瞬間から〝キムタク〟
「『SMAP』の仕事量がピークだった頃、メンバーはみんな睡眠不足で、着替え時間になると寝込んでしまって起こすのが大変だったんです。だけどその中で木村さんだけは、『楽屋で着替えると眠くなるから』と、スタジオの隅でサッと着替えていた。一人だけプロ意識が違いましたね」
また、こんなエピソードを教えてもらったこともある。
「某海外セレブとSMAPが共演したとき、メンバーがお出迎えするという設定で、みんな立って待っていたんです。ところがそのセレブがワガママ行動から大遅刻。関係者が恐縮して謝るなか、木村さんは『全然大丈夫ですよ』と嫌な顔一つせず、ずっと立ったまま待ち続けていました。対して中居さんは不機嫌になって座り込んでしまって。めちゃ感じ悪かったです」(別の制作スタッフ)
雑誌でキムタクを取材した編集者やライターたちからも、聞こえてきたのは「めちゃくちゃ感じ良かった」、「いいものを作ろうという熱意がすごかった」といったコメントばかり。とにかくそのほとんどが、〝べた褒め〟状態なのだ。
「カメラの前だけでなく、スタジオに入ってきた瞬間から一瞬も気を抜くことなく、終始オーラもふるまいもテレビで見ている〝スター・キムタク〟そのものでした。あんなに全力で撮影や取材にのぞんでくれるなんて、うちの雑誌を尊重してくれている感じがして嬉しかったですね。木村さんは常に、一歩仕事に向かった瞬間から〝キムタク〟でいることを貫いているんだろうなと感じました」(雑誌編集者)
おそらくキムタクこそが、誰よりも「水は用意されているのが当たり前じゃない」を実践し続けているのだろう。
くも膜下出血の診断後、難病「もやもや病」が発覚した二宮こずえ「2度と味わいたくない痛み」と12時間のオペを振り返り

モデルの二宮こずえさんは、2023年にくも膜下出血を発症。検査の過程で、難病のもやもや病を患っていることが発覚しました。手術についてはそこまで重く考えていなかったそうですが ── 。(全2回中の1回) 【写真】「日常がまるで雑誌の1ページ」二宮こずえさんのおしゃれすぎる!コーデ集(全7枚)
■「自分は健康体だと思っていた」 ── モデルやインフルエンサーとしてファッションのお仕事を中心にご活躍されています。同世代の女性ファンが多い二宮さんですが、2023年にくも膜下出血と診断されたと伺いました。異変を感じたときのことを教えてください。
二宮さん:日中、頭痛と目の奥に痛みを感じました。普段、頭痛がある方ではないので「眼精疲労かな?」と思って過ごしていたのですが、症状が続いたので「これはちょっとおかしいな」と思い始めました。「病院に行くなら、ちゃんと診てもらおう」と思い、翌日に脳神経外科を受診しました。 ── 病院でなんと言われたのですか? 二宮さん:先生に症状を話したところ「すぐにCTを撮りましょう」と言われました。検査が終わってすぐ「二宮さん、落ち着いてください。くも膜下出血です。ご家族と連絡は取れますか」と言われました。その瞬間に思ったのは仕事の心配でした。今、進めているものや、今後決まっていた仕事をどうしようということが真っ先に頭をよぎったのを覚えています。そのあとすぐ家族とマネージャーに連絡をし、入院設備がある病院に救急車で運ばれました。次の病院でMRIやカテーテルの検査を行い、もやもや病が原因でくも膜下出血を起こしていたと診断されました。
── 「もやもや病」について知らない方も多いと思います。 二宮さん:私もまったく知らなかったです。脳に、もやもやと細い血管が拡張していく難病で、原因は詳しくわかっていないそうです。先生からは、くも膜下出血や脳梗塞、脳出血が起きてからもやもや病だと診断されたり、脳ドッグで発覚したりケースが多いとのことでした。 ── これまで自分の体に異変を感じた経験はありましたか? 二宮さん:健康診断でも指摘されたことはありませんでしたし、あまり運動はできていなかったのですが、自分としては健康体だと思っていたので「まさか私が」と驚きました。
治療はどのように進めたのですか。 二宮さん:集中治療室でしばらく安静にして、一度退院をしてから手術のために再入院をしました。脳の血管を繋ぐバイパス手術だったのですが、頭蓋骨を開けて、右の頭のてっぺんから耳の近くまで切りました。先生から万が一のこともなくはないと説明は受けていたのですが、きっとすぐ退院もできるだろうし、仕事もすぐに再開しようと思って、そこまで重く考えずに手術を受けました。 ── 手術時間が当初の予定より長くなったと伺いました。
二宮さん:手術は6時間と言われていたのですが、12時間かかりました。手術が終わってそれを聞いたとき、家族はきっと生きた心地がしなかっただろうなと思いました。万が一のために待合室に交代で家族が来てくれていたそうですが、夫にも子どもたちにも両親にも、本当に心配をかけたなと思いました。
■「とにかく麻酔を」痛みに耐えた入院生活 ── 術後はいかがでしたか。 二宮さん:もう2度と味わいたくないと思うほどの痛みでした。とにかく早く麻酔を打って眠らせてほしいという希望以外は何もありませんでした。手術後2日経って目を覚ましたのですが、いろんな管に繋がれていて体を動かせない状態で、まさかこんなかたちで目が覚めるとは思っていませんでした。麻酔は量や間隔が決まっているので頻繁には打てないのですが、「さっき打ってからまだ3分しか経っていないのに痛い」というくらい、本当に1日が長く感じました。
── 術後すぐからリハビリを始めるそうですね。 二宮さん:私の意識が戻る前から足を回してもらうなどのリハビリが始まっていて、意識が戻ってから手の動かし方などのリハビリをしていきました。手術後はまったく動かなかったのですが、1週間ほどしてから自分でも手や足が動かせられるようになりました。 ── 入院中、家のことやお子さんの世話はどなたがされていたんですか。 二宮さん:すべて夫が担ってくれました。夫がちょうど仕事を自宅でできるよう切り替えた時期だったこともあって、家事全般をはじめ、お弁当作りや学校のこと、私の身の回りのことまですべてやってくれていました。私たちの実家も近いので、もう少し誰かに頼って欲しかったとも思うのですが、夫はひとりで担ってくれていたようです。
手術のあと、3週間で退院されたと伺いました。 二宮さん:退院してからも傷跡の痛みや、今もそうですが口を動かしたりすると頭に引っ掛かるような違和感を感じていましたし、入院中の体勢のせいか歩くのもつらいくらい腰痛がひどかったです。体がとにかく重たくて動きにくいので精神的にも落ち込んでいて、とにかくすべてのことに気力がありませんでした。 ── 無期限で活動を休止すると発表したのが2023年の12月でしたが、その当時、復帰の予定などはない状態だったのですか。
二宮さん:復帰に関してもまったく予定が立たないままでした。当時は「こんな状態では何もできない」という気持ちが大きくて。お仕事もそうですが、いろんなことを諦めてしまっていました。 ── 仕事は休んでいましたが、家族と過ごせる日常が戻ってきていかがでしたか。 二宮さん:特に言葉にしなくても、やっぱり家族一緒がいいねというのはみんなから伝わってきました。面会中も病院では子どもと会えなかったので、子どもの顔をひさびさに見られたのはうれしかったです。入院中は面会の時間が1日の楽しみで、唯一ホッとできる瞬間でした。夫と、両親と私の妹が来てくれていたのですが、本当は痛いから麻酔を打ってもらいたいけど、面会時間に寝てしまっていたらどうしようと葛藤して。家族の支えは本当に大きく、家に帰ってからも家族と過ごせる時間を「幸せだな」と感じるようになりましたし、今も毎日そう思って生きています。
… 病気の発覚後、無期限での活動休止を発表した二宮さん。およそ1年を経て復帰を果たすまでの生活を「ただ1日が過ぎて行くだけだった」と振り返ります。活動再開のきっかけとなったのは、ファンの方からのメッセージだったそうです。 PROFILE 二宮こずえ にのみや・こずえ。1981年東京都生まれ。モデル、インフルエンサーとして活動。Sサイズモデルとしてファッション系動画や二宮家の日常などをYouTubeチャンネルで発信。プライベートでは2児の母。2023年12月にくも膜下出血ともやもや病の治療のため無期限で活動休止を公表、1年後に活動を再開した。
取材・文/内橋明日香 写真提供/株式会社ソニー・ミュージックソリューションズ anyshe
【棋王戦】藤井聡太棋王が記録ずくめタイトル戦100勝、千日手指し直しの激闘制し3連覇

藤井聡太棋王(竜王・名人・王位・王座・王将・棋聖=22)が、区切りのタイトル戦通算100勝を達成した。増田康宏八段(27)に連勝して迎えた、将棋の第50期棋王戦コナミグループ杯5番勝負第3局が2日、新潟市「新潟グランドホテル」で行われた。午前9時から始まった対局は、午後4時1分、同一局面が4回出る千日手が成立。先手後手を入れ替えた指し直し局を制し、3連勝で3連覇を達成した。タイトル獲得も通算「27期」となり、谷川浩司17世名人と並んで将棋界5位タイとなった。 【勝利の瞬間】増田康宏八段が投了 藤井聡太棋王は咳き込み、のどを潤す ◇ ◇ ◇ 指し直し局で、藤井が中盤のねじり合いから最後の最後に抜け出した。きわどい勝負をモノにしての3連勝。「馬を作って手厚くできるかと思ったが、対応がわからなかった」。千日手局の反省をしつつ、「内容的にきわどい将棋の連続で実感はありません。結果を残せたのはうれしく思います」。喉の調子が思わしくないのか、時折せき込む。終局後はマスクもしたが、感想戦では笑顔を見せていた。 棋王戦3連覇は、タイトル戦100勝、獲得通算27期と、記録ずくめの防衛劇となった。特筆すべきは、獲得通算記録のスピードだろう。谷川は1976年(昭51)12月20日のデビュー以来、04年3月20日に通算27期目となる棋王を獲得するまで、27年3カ月を要した。藤井は、16年10月1日デビューからわずか8年5カ月での達成。「光速の寄せ」谷川より3倍速強のスピードで、終了したタイトル戦の戦績は28戦27勝1敗(昨年の叡王戦でタイトルを失っただけ)と、驚異的な獲得率を誇る。「長く活躍できるよう、取り組んでいきたい」と、今後の抱負も語った。 来週8、9日には4連覇まであと1勝とした王将戦の第5局(埼玉県深谷市)が控えている。勝てばタイトル獲得通算28期となり、谷川を抜く。来年度のタイトル戦線では、通算31期で4位の渡辺明九段の記録も視野に入る。 今回の新潟入りに際しては、過去2年の信越本線とは違い、上越新幹線を利用した。「険しい山地を抜けていく感じで、改めて新潟県にはいろいろな景色がある」と前夜祭で話した。この先も山あり谷ありかもしれないが、1局1局集中して積み上げていく。【赤塚辰浩】
郵便局網に「財政支援」検討 自民党議連、年650億円規模

郵政民営化法などの改正をめざす自民党の議員連盟が、客足が遠のく郵便局網への財政支援として新たな交付金の創設を検討していることがわかった。国が日本郵政から受け取る配当金などを元手に、年650億円規模を日本郵便に渡す。今国会への提出をめざす法改正案に盛り込む方針だ。 【図】郵便局網への新たな財政支援の案 議連がまとめた素案などによると、日本郵政が国に払う配当金をゼロとし、その分を独立行政法人の郵政管理・支援機構に拠出させる。機構が交付金として日本郵便に渡し、郵便局の窓口の人件費にあてる。 日本郵政から国への配当は2023年度で約576億円。一定期間が過ぎて利用者が権利を失う郵便貯金の一部も加え、交付金を年650億円規模とする想定だ。その分だけ国の収入が減ることになる。 法改正を求める全国郵便局長会は、参院選で自民党公認の組織内候補を立て、高い集票力を誇示してきた。今夏の参院選も念頭に、議連は今国会での法改正にこぎ着けたい考えだ。(藤田知也)
草彅剛は好きなものに特化、香取慎吾はキャラクターを演じ分け “YouTuber”としてのスタンスの違いの面白さ

草彅剛と香取慎吾が、カノックスターとコラボした動画「香取慎吾&草彅剛と巨大ハンバーグ食べて絶対にNGな質問と下ネタ聞いてアイドル時代にイラついた芸能人暴露させたら草彅さんが資産大暴露www」が、公開から5日で150万回再生を突破した。
(関連:【動画あり】香取慎吾&草彅剛、カノックスターとコラボで暴露連発!?)
この動画は、稲垣吾郎、草彅、香取によるレギュラー番組『ななにー 地下ABEMA』(ABEMA)の#60、#61でオンエアされた人気YouTuberとのコラボ企画で実現したもの。カノックスターとは2024年1月にも番組内の企画でコラボをしており、稲垣&香取が出演した動画「初対面の香取慎吾&稲垣吾郎と一蘭ラーメン食べて最高月収と過去1きつかった仕事聞いたら芸能界のヤバい事情大暴露www」が大バズり。2025年3月時点で440万回再生を突破するなど、カノックスターのチャンネル内でも人気動画の上位に浮上しており、今回のコラボ動画も同じように注目を集める予感がする。
動画タイトルにもあるように、一般的にはNGとされる質問も遠慮なく聞いていくカノックスター。誰もが知る国民的アイドルを「おじさん」と言ってのける飄々とした態度に若干ヒヤヒヤさせられるものの、3人はそのマイペースな言動にすぐさま順応し、むしろ彼の魅力をも引き出していくからさすがだ。ある意味、ほかではなかなか見られない3人のエンターテイナーとしての器の大きさを楽しめることからも、この再生数の伸びも納得と言える。
そんなカノックスターとの異色コラボ動画を通じて浮き彫りになったのが、草彅と香取のYouTubeへのスタンスの違いだ。2人はそれぞれ個人チャンネルを持ち、継続的に動画を更新してきた。そこで披露されてきたものは、ずっと私たちが見てきた2人の“そのまんま”な姿だった。お互いのチャンネルにゲスト出演した際も、35年以上にわたって培われた“しんつよ”という関係性で抜群の安心感を醸し出す。その変わらない姿に、いつの間にか2人の“違い”より、“ハマり具合”に目がいっていたように思う。しかし、今回カノックスターという違和感が挟まることで、彼らの輪郭が改めて際立って見えたのかもしれない。
なかでも興味深かったのは、カノックスターから「YouTubeは観るのか」という質問を受けて、香取が「つよぽん、すごい観るんだって。テレビ、ほぼ観ない。YouTube、めっちゃ観る」「僕は結構テレビ観る」と答えていた場面だ。草彅は「アニチューブ」や「ハルキの古着」といった古着関係のチャンネルを筆頭に、運動、ギター、自然、格闘技などの動画を見ていると明かす。その熱弁っぷりにカノックスターも「たしかに。めっちゃ観てるな」と驚くほどだった。
そんな草彅のチャンネルを振り返ると、やはり彼が好きなものについて熱弁する動画が面白い。時には、多くの人にはわからないであろうニッチな話題に突入していくことも含めて。そして、そこに草彅の迷いがないのも清々しくて笑ってしまう。きっと草彅自身が趣味でYouTubeの動画を楽しむように、たとえ人数は少なかったとしても、そのニッチな話題を求めている人が必ずいると思えるからではないだろうか。
一方で、香取のチャンネルはまさに“ひとりテレビ”。いわゆるYouTuberらしい企画に挑戦する「しんごちん」に、ゲーム実況をする「リトカ名人」など各動画の内容に合わせてキャラクターを演じているのも、芸能人チャンネルが増えてきた今でも類を見ない取り組みだ。ほかにも、まるでドキュメンタリー番組のように近況や制作現場の裏側を知ることができる「ビズビズパフェ」や「Hoodies」、ファッションについて語り尽くす「服バカTV」、肩の力が抜けたような「散歩」シリーズに、「歌ってみた」やアルバムの「コメンタリー」、そしてもちろんMVも……。幼い頃からテレビの世界で育ち、さまざまなニーズに応えてきた香取だからこそ魅せられるエンタメが詰まっている。
以前のコラボ動画でカノックスターが見せたゆるい進行に、香取が自身のYouTubeスタッフと似た空気を感じると話していたことがあった。そんなスタッフにいつも「ちゃんとして」と苦言を呈しているということも。対して、草彅は「【密着】初公開!草彅剛のYouTube撮影の1日が忙しすぎたwww」の動画で撮影前の打ち合わせは「いつも長くて5分くらい」と、きっちりと決めていないスタンスなのも対照的だった。
キャラクターになりきり、もちろん撮影ごとに着替えて、一つひとつの動画の世界観を作り上げる香取と、何本も同じ私服を着て撮影していることに「それがいいですよね、手作り感。チャンネル登録してる方が、だらっとながら観していただけるのに最高なチャンネル」と笑う草彅。むしろ、それだけの違いがあるからこそ、お互いを尊敬し、そして面白がれる。そんな自分を信じて貫く姿勢と、相手の違いを楽しむことができることが、テレビ、そしてYouTubeと、次々に新しい地図を広げ続けている姿とリンクしているようだ。
SixTONES京本大我、“美大出身”父・京本政樹から絶賛 没頭のあまり2時間待たせるアクシデントも【視点と始点】

SixTONESの京本大我が3月2日、都内にて開催された自身初の写真展「視点と始点」取材会に出席。俳優で父の京本政樹とのエピソードを明かした。
【写真】京本大我初写真展の様子
ただ、政樹は美大出身で幼少期の大我に絵を教えていたこともあり、「(政樹は)ずっと関心を持ってくれています。僕が出来上がった作品をお土産のように持って帰ったら『これはすごいな!』と言ってくれて、チャラになりました(笑)」と即解決に至ったことを笑顔で明かした。
◆京本大我「視点と始点」
2024年1月1日、Instagramにて「見習いアーティスト」の名で写真の投稿を開始した京本が、見習いを卒業し、アーティストとして初の写真展を開催。30歳の誕生日に発売した初のソロ写真集「Retrace.」の撮影で、これまでのゆかりの地、憧れの地を訪れ、各地で京本の視点が捉えたもの、感じたことを、写真として、作品として表現した。
写真展「視点と始点」は、3月3日~3月24日の22日間、東京・MIYASHITA PARK内のアートギャラリーSAIにて開かれる。
◆京本大我、父・京本政樹を2時間待たせる
年始から新たに油絵を始めたことを同日初告白した大我。アトリエで制作作業に没頭しているというが、1つの作品に時間をかけるあまり、「父親と母親と家族3人で夕食の約束とかしてたりする時に、その食事前にアトリエ入っちゃうんで、『19時からご飯ね』って言われて『じゃあそれに間に合うように帰る』って言ってたんですけど、結局21時ぐらいまでアトリエいちゃって。父親と母親がリビングでずっと待ち続けるっていう(笑)」と思わぬアクシデントを告白した。